人生って人それぞれ。僕はここまでの人生を振り返ると周りに迷惑も沢山かけてきたなぁ・・・。

最近は過去を振り返り反省もしている。歳を取るとそうなるんかな?

「僕の履歴書」と題してこれから間隔を空けて書いていこうと思う。たぶん記事は長くなるので宜しくです。

はじめはやはり僕の両親のことを書こうと思ったんだけどそれはまた今度ということで元彼女のことを書こうと思う。

元彼女といってもどの元カノ?って考えるんだけどやはり7年間という長い恋愛期間過ごした彼女のことが一番かなぁ。

元彼女のことをここから「彼女」と書くのでご了承してほしい。

今から十数年前、僕は若かった。←当たり前か。(笑)

その頃は仕事も充実しててその上夜はショットバーの仮マスターとして働いていた。

なぜ、仮マスターなのか?それは僕の親友がそのお店の経営者でマスターだったんだけど病気になり数ヶ月入院せねばならなくなったんで僕がその間代わりに店をすることになったんだ。

元々、親友とは学生時代パブにバイトしていたんでカクテルやシェーカー振ることは慣れたもんだった。

昼も夜も仕事で大変だったろうと思うかもしれないけど僕は全く苦にならなかった。(笑)
(睡眠時間は平均3時間半くらいだったけど)

それは沢山の仲間(お客さんも含めて)がいたから。

お客さん通し結ばして結婚したカップルは何組かいる。みんな今幸せなんだろうか・・・?

色んなお客さんの中で共同通信の人がいたんだ。

その人との出会いが僕の人生を大きく変えることになる。

詳しいことは省くが現在も僕が活動している「海外ボランティア団体」に所属するキッカケとなった人だ。

親友が退院して僕は夜ショットバーの仕事をしなくなってから海外ボランティア活動を本格的にする。

アフリカの国々を中心に色んなボランティアをした。

そのボランティア活動の中で知り合った女性が彼女だった。(仕事は証券会社勤務)

同じ福井県福井市に住んでたから話も意気投合。

それからというもの連休を利用して2人でアフリカの国々行ってボランティアしてきた。

そしていつの間にか付き合っていたんだ。

彼女の両親にも公認してもらいなんか結婚している状態と同じ気持ちでいた。

半同棲だった。毎日が楽しかったな・・・。

あっという間に3年、5年、6年が過ぎ・・・、結婚はもちろん考えてはいたんだけどお互い仕事とボランティアの両立だけで精一杯だったと思う。

突然、彼女があることを言い出す。

「さとし、なんで子供できんのやろね?不思議に思わない?」

「そ、そうやな・・・。でももし子供できん理由があるとすれば俺のせいかもしれん・・・。」

それは僕が24歳の時、「扁桃のう炎」という病気になって高い熱が続き命が一時期危ないところまでいった過去があった・・・。

高熱出すと男性は精子が死滅するときいたことがあったからそれがずっと脳裏にあったんだ。

彼女はまた突然、

「な~2人で病院行って検査してもらおうよ。」

「ま、マジで?でも俺が多分原因やで・・・。」

そして2人、別々に病院へ行って検査してもらった。

結果は・・・、

彼女が原因だった・・・。今思うと彼女も何か自分に気になることがあったのかもしれない。

病名はここでは書かないが難しい病名の子宮の病気。彼女が子供を産める確率は0,03%だった。

まさか、そんなことになるとは思ってもいなかった・・・。

「俺は子供は産めなくてもいなくても全く平気だから。心配すんなよ。」

と彼女に言っていた。彼女もありがとうと笑ってくれていたんだが・・・・。

それから3ヶ月くらい経ち、彼女に異変が起こる。

急に落ち込んだり、1点を見つめたり、頭痛、吐き気、めまいなど頻繁にするようになった。

一緒に、脳神経外科、耳鼻科、胃腸科など行って検査したんだけど異常無し・・・。

最後の病院で診察したら「心療内科」に行くようにと勧められる。

そして通院するようになるが症状は同じだった。

安定剤を飲んでいるのでボーッとさらにしている。

突然泣いたり怒ったり・・・、それは今まで僕が知っていた彼女とは別人になっていた。

僕が一生懸命心配してもそばにいても病気になっているのは彼女なんだ・・・。

辛かっただろうと思う・・・。

彼女は仕事も退社してしまった。

僕は小さい頃から母親が病気で苦しんでいるのを見てきて育った。

入退院繰り返してきた母親。小学生低学年の頃は母親の病室に泊まって学校に通っていた頃もあった。

病気になった彼女を見ていると母親のこととダブって見てしまう。

なんとか助けてあげたかったし絶対完治させて見せる!と決意していた。

心療内科の病気の本も買って読んだし、接し方の本も何冊も読んで勉強した。

そんなある日、彼女の両親に僕は呼ばれる。

「な~さとし君、君は長男だからさとし家を継いでいかなくてはならないだろ?娘がこんな状態になった以上娘と別れてくれんか?私たちも辛いんだけど。」

「い、いや、確かに長男ですが僕は子供はいなくても大丈夫です。〇〇〇の病気を完治する為にこれからも付き合っていくつもりです。」

その日は平行線に終わったんだけど、それから3日後、彼女から呼び出しがかかる。

「あのね。私たち別れようよ。お互いの為に・・・。」

「なに言うてるん?今大事な時に俺は別れるのはおかしいと思う。別れるんなら病気が完治した時や。」

「私も辛いの・・・。ごめんなさい。」

そういう同じ会話を何回したか覚えていないけどその後僕は別れることを了解したんだ。

決して納得したわけではなく、僕がそばにいることで彼女が辛くなるなら病気が完治できないと判断したから。

子供が大好きでアフリカの貧困に苦しむ子供たちのためにボランティア活動をしてきた彼女。

それが自分の子供が産めないということがわかって精神的に病気になってしまった・・・。

それが1番わかっている僕はいったい何を彼女にしてあげてきたんだろう・・・。

僕が長男というだけで更に彼女に辛い思いだけさせてきたんではないだろうか・・・。

僕の為に振ってくれたんだ!と自分に言い聞かせて前を向いて歩いていこうと思った。

彼女はそれから1年半後、バツイチ子持ちの男性と結婚した・・・。

今思うと別れて良かったんだと思う。

今でも彼女のことは好きというか頑張ってほしいと思っている。

さて、僕はというと・・・、

既にそれから何年も経っているのに・・・、

このブログに書いている通り・・・、

全く出会いがないっ!(笑)

正直書くけど、彼女と別れて1、2年は短い恋愛は数人とはした。

しかし続かなかった。

ぅおおおおおお!

なんでなんだろ?

心のどこかで閉ざしている何かがあるのは自分でも気がついている。

その何かがわからないんだ・・・。

現在大阪市に住んでいるけどこの大阪に住むようになったのもまた機会があれば書くつもりだ。

てことで簡単に(結構長い記事だったが・・・。)元彼女のことを書いたが現在も僕が独身なんは決して元彼女の責任でもなく今でも僕が元彼女のことを愛しているから恋愛できないわけでもない。

それは、

僕自身に責任があるっ!

っていうことなんだ・・・。

おわり・・・。

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この「僕の履歴書」の記事に関してはコメント欄を休ませていただきます。ご了承ください。

色んな意見があると思いますが・・・、

すんまそん。m(_ _)m・・・。