前回は僕の元彼女のことを書いたが今回は唯一の僕の両親のことを書くことにしょう。

何故書くのか・・・。

それは僕自身の為。これからも両親は僕の心の中にいつもいるということを再確認する為・・・。

かなり長くなるので簡単に書こうと思う。

僕の家族は4人家族だった。

おやじは今は誰もが知っている大手運送会社勤務(夜勤専属)。当時はまだ有限会社で小さい会社だった。

母は専業主婦。

僕は母が40歳の時産んでくれた。高齢出産。

周りは歳も歳だしおろす様に言われたみたいだけど母は僕を産む決断をしてくれた。

姉とはかなり歳の差がある。

僕が小学生の時姉は結婚して子供をすぐ産んだので僕は小学生ながら「おじさん」になった。(笑)

母は小学3年生の時から体調が悪く病院に通院したり1、2ヶ月入院したりとの繰り返し。

唯一母が退院して家にいる時が僕は一番嬉しかった。甘えられた。

母も僕を大事にしてくれた。目に入れても痛くないくらい可愛いと言ってくれて大事に育ててくれた。

僕が中学生の時、母は大きい手術をする。家族みんなで協力をした。

母の入院が長いので姉夫婦は実家の近くに引越しをしてくれて僕とおやじのご飯の世話をしてくれた。

もちろん、僕も炊事は手伝った。そのせいで僕は料理を覚えて今も作れる。

高校1年の時、母は2回目の大きい手術をする。

手術が終わり1ヶ月後、おやじが僕と姉に母の余命を告げる・・・。

正直辛かったというより何故おやじはまだ高校生の僕にまで母の余命を言ったのか・・・。

僕は母には気づかれないように毎日病院へ行って楽しい会話を話したりして母と過ごした。

高校2年の時、母は他界した。

僕は現実を受け止めたくはなかった。

母も僕のことはすごく気にして天国にいったと思う。まだ高校生だったから・・・。

もっと母と過ごしたかった。甘えたかった・・・。

おやじはというと僕が小さいころから全く会話がなかった。

昭和の人間そのもので口数も少なくおやじが機嫌が悪い時は家族みんな近寄らなかった。

おやじにどこか遊びに連れて行ってもらったことなど1度もない。

夜勤をしていたので母が入院している時は僕は家にひとりぼっちだったし鍵っ子も鍵っ子だった。

しかしそんなおやじでも母が他界して葬儀も終わって少し落ち着いたころ夜にふと起きるとトイレで父が泣いていたことが今も思い出す。

母がいなくなって1年経っても父は相変わらず仕事一筋。夜勤。

姉も変わらずおやじと僕のご飯を作りに通ってくれていた。

僕はというと夜にバイトをしだした。(パブ)

そこで色んな人間と合い、大人の世界を覚えだしていた。

ある日学校が急に午前中で終わり家に帰るとおやじが知らない女性と部屋にいた。

別に裸でいたわけではないが僕はなんか腹が立った。

その後その女性とは何回か顔を合わすことになる。

高校生の17歳の僕は反抗期。

おやじが許せなくなった。理由は亡き母のことを忘れたのか!という理由だ。

(先に書いておくが今は僕は大人だからおやじが知らない女性と付き合うのは理解できる。しかし当時はそんなことは全く考えられない歳だった。)

そして僕は家を出る決意をする。

パブの先輩のアパートで暮らすことにした。

姉は反対はしたけどそれも振り切った。

そこからおやじとはしばらく絶縁状態になった。

僕は20代を超えひとり暮らしもしたし同棲も何回もしていた。

おやじが定年退職をしたときから僕におやじは頻繁に連絡や顔を出すようになった。

しかし、小さい頃からおやじとの接し方がわからなかった僕はかなり辛かった。

おやじという愛情はあったとは思うがそれがどういうものかわからなかったんだ・・・。

おやじも寂しい男だったと思う。同時に子である僕も寂しい男だった・・・。

それでも1ヶ月に数回は実家に顔を出しおやじと会話はするようになった。

「さとし家は継がなくてもいいから。」とか色々会話をしたんだ。

内容は書けないがその時におやじに迷惑もかけたこともある・・・。

平成8年、おやじは他界した・・・。

僕は仕事で県外に行っていて見とれなかった・・・。

お通夜、葬儀も終わり落ち着いたころひとり実家にいる時、

何故かわからないけど涙が出て止まらなかった・・・。

おやじのことを思っているんだろうけどそれが何かわからないけど涙が自然とあふれ出た。

1日中篭って泣き崩れた・・・。

そして現在、

おやじに対して僕はなにも親孝行していなかったことを後悔している。

母にもそうだ。なにも喜ばせていない。

両親に対し僕は何もしてあげていないんだ・・・。

姉はこう言う。

「さとし、あんたお母さん、お父さんに対して後悔してるんやったら毎日心の中で拝みなさい!きっと伝わるから。見守ってくれているから・・・。」

姉の言葉もあったのか僕は数十年間欠かさず時間はマチマチだけど毎日数秒~数十分両親に問いかけている。

それは自然とでてくるんだ。

母の人生、おやじの人生。決して良いものではなかったろう。僕の気持ちをわかっていたのかおやじは再婚はしなかった・・・。

それが今はわかっていながら何も親孝行もできなかった自分が悔しくて悔しくて、そして今になって両親への感謝を心からしている。

心の中でしか思えない。伝えられない。本当に辛い・・・。

両親に本当に伝わっているのだろうか・・・。

両親は福井県福井市のお寺に眠っている。

暖かくなったらまたそっと帰って眠っているお寺に行ってこようと思う。

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「僕の履歴書」に関しましてはコメント欄は休ませていただきます。
ご了承ください。

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